語りびとたちの記録
80年目の語り合い―古傷(フルキズ)が疼くとき
2025年6月の語り合いの記録
山城さん(97)・比嘉さん(91)・宮里さん(102)・金城さん(94)の語り合い
登場人物 ※すべて仮名です
- 山城(男性・97歳): 斬り込み(特攻)を強制された過去を持つ。戦後は心身の不調で職を転々とした苦労人。社会への関心が高く、常に新聞を持ち歩く。
- 比嘉(男性・91歳): 沖縄戦で家族全員を失い、戦災孤児として過酷な戦後を生き抜いた。口数は少ないが、言葉に重みがある。
- 宮里(女性・102歳): 最年長。当時20代。夫を戦争で奪われ、乳飲み子を抱えて戦後を一人で生き抜いた。包容力と厳しさを持つ。
- 金城(女性・94歳): 当時14歳。体に貫通銃創の痕がある。逃げ惑う最中に大火傷の子供を救えず置き去りにした記憶に、今も苛まれている。
シーン1:新聞と古傷
- 山城さん(97歳):
- (震える手で新聞を広げ、机を叩く) 今日もまただ。沖縄戦の歴史認識についての記事が出ておる。「沖縄の平和教育が偏向している」だと……。
- 宮里さん(102歳):
- (静かに目を閉じ) 山城さん、血圧が上がるよ。でも……今年は特に酷いねぇ。80年前、犠牲になった私たちがこうして生きているというのに、私たちが嘘を喋ってきたと言われる世の中になってしまったね。
- 山城さん:
- 許せんのだ。わしは「お国のために死ね」と毎日殴られた。 戦後、わしの体が動かなくなって、まともに働けなくて家族に苦労かけたのも、あの時の恐怖が骨の髄まで染み付いていたからだ。それを「美しい犠牲」だというのが、わしには分らんのだ……
シーン2:置き去りにした痛み
- 金城さん(94歳):
- (山城さんの言葉に誘われるように、自分の脇腹のあたりをさする) ……その記事を読んでからかねぇ。この脇腹の、弾が抜けた痕が、火がついたように痛むのよ。 80年経っても、体は覚えているさ。
- 比嘉さん(91歳):
- 金城さん、無理して喋らんでいいよ。
- 金城さん:
- ううん、聞いてちょうだい。 あの時、逃げ惑う中で見た、燃え上がる民家の光景……。私、あそこで性別もわからんほど焼けただれた子を背負ったさ。あの子、私の背中で「熱い、熱い」って泣いてた。 でも、艦砲が激しくて、私も怪我をしてて……結局、あの子を道端に降ろして、逃げざるを得なかった。
- 宮里さん:
- ……ああ、辛いねぇ。
- 金城さん:
- あの子の顔が、今起きている戦争のニュースを見るたびに浮かぶのよ。「お姉ちゃん、なんで私を置いていくの?」って。 本当の地獄は、綺麗な言葉なんかじゃ隠せない。焼け爛れた皮膚の匂いも、置き去りにした罪悪感も、彼らは何ひとつ知らない。
シーン3:孤児の孤独と、20年の絆
- 比嘉さん:
- (湯呑みを見つめながら、ポツリと) 家族全員死んで、わし一人残された。11歳だった。親戚をたらい回しにされて、残飯みたいなものを食って生きた。 「戦争が終わって良かった」なんて、一度も思ったことはない。戦後はずっと「地獄の続き」だった。
- 山城さん:
- そうだな、比嘉さん。わしたちの戦争は、昭和20年で終わらんかった。
- 比嘉さん:
- 誰にも言えんかった。妻にも、子どもにも。わしの心の中にある真っ暗なガマのことは。 でも、20年前、こういう会ができて、それでも自分のことは話せなくて。でも、5年前からこの4人で語ってきて、ここで山城さんの怒りを聞いて、宮里さんの顔を見て、金城さんの涙を見て……初めて「独りじゃない」と思えた。 ここだけが、わしの本当の居場所だったかもしれん。
- 宮里さん:
- 比嘉さん、私もよ。夫が死んで、女手一つで子供育てて、必死すぎて記憶もないくらいさ。でも、ここに来て昔の話をする時だけ、あの頃の若かった自分に戻って、泣くことができる。
シーン4:100歳の遺言
- 山城さん:
- (新聞を畳み、深く息を吐く) だが、世間は忘れていく。わしらの声は、これからもう、かき消されてしまうかもしれん。
- 宮里さん:
- (背筋を伸ばし、凛とした声で) かき消されはしないよ。 山城さん、新聞を持ってきてくれてありがとう。怒ることは、生きている証拠さ。 金城さん、その体の傷も、心の痛みも、あの子が生きていた証拠さ。 比嘉さん、あなたが生き抜いて命を繋いだことが、一番の抵抗さ。
- 金城さん:
- 宮里さん……。
- 宮里さん:
- 私たちは、歴史の証人だなんて立派なもんじゃない。ただの、傷ついた人間さ。 でもね、この傷こそが真実なんだよ。教科書がどう書き換えられようと、私たちの声が届かなくても、私たちの体の痛みだけは嘘をつかない。 だから、今年は80年という節目だったけど、これからもまた集まりましょうよ。死ぬまで、ここで語り合おう。それが、先に逝った人たちへの、私たちの務めだからね。
- 山城さん:
- ……そうだな。来月は、どんな記事が出てるかわからんが、また新聞持ってくるよ。
- 金城さん:
- 私も来るよ。あの子の分まで、生きなきゃいけないから。
- 比嘉さん:
- ああ。ここに来れば、みんながおる。
(宮里さんが静かに頷き、全員にお茶を勧め直す。窓の外からは、80年前と変わらない蝉の声が聞こえてくる)
