語りびとたちの記録
「未来の沖縄を、あなたたちはどう見ているか」
2022年5月の語り合いの記録
ナビさん(93)・ツネさん(73)・ミオさん(21)・タカシ(21)の語り合い
(6人グループのうち3人の対話を抽出)
※登場人物はすべて仮名です
2022年5月15日。
沖縄が日本に返還されて50年目の朝、語らいの場には、いつもよりも少し重い空気が流れていた。
沖縄戦を生きぬいた体験者3名に加えて、その日の語らいには、1967年、米軍統治下で行われた高校の討論会に参加していたツネさん(73歳)も加わっていた。
55年前、ツネさんは「沖縄は日本に見捨てられた」と叫んでいた18歳だった。
「あの時の怒りは、今も胸の中にある」とツネさんは言った。
「でも、怒りだけでは何も変わらなかった。50年経って、何が変わって、何が変わらなかったのか」
20代の参加者のひとり、ミオさん(21)がゆっくりと話し始めた。
「沖縄から米軍基地がすべてなくなることは、私が生きている間にはないと思っています。それが正直な気持ちです。基地がなくなれば、関連する事件や事故もなくなるし、沖縄戦を思い出して辛くなる方の想いも少し楽になるかもしれない。でも……どんなに声を上げても、新しい基地は建設されていく。どうせ変わらない。だったら、共存する道を探していくしかないと、諦めに似た気持ちで思っています」
ツネさんは、そのまっすぐな言葉に静かに聴き入った。
体験者のひとり、ナビさん(93歳)が言った。
「私たちの世代が一番怖いのは、あなたたち若い世代が未来を語ることを諦めてしまうことです。声が届かなくても、対話を続けることに意味はある。私たちが語り続けてきたのも、諦めたくなかったからです」
ミオさんは、「諦めたいわけじゃないんです。ただ……どこに希望を見出せばいいのか、分からなくなることがある」と言った。
ナビさんは少し考えてから言った。
「希望ね……。私もそうでした。戦争が終わった後、希望なんて全く見えなかった。何も残っていなかったから。でも、それでも生きて、今日ここで、あなた方と話している。それが希望だったのかもしれない、今になってそう思います」
もう一人の20代の参加者、タカシさん(21)が言った。
「沖縄にとって、基地のことも大事。経済のことも大事。どっちも大事。どっちかではなく、どっちも大事。そう俺は思います。簡単じゃないです。沖縄のこと」
その場の全員が、深くうなずいた。
語らいはオープンエンドのまま閉じた。
答えは出なかった。
でも、場を去り際にミオさんが言った言葉が、その日の語らいの余韻として残った。
「また来ます。ここで話を続けたい」