語りびとたちの記録
「鬼畜米兵」と信じていた私へ
2015年4月の語り合いの記録
カメさん(享年97)・ジョイさん(享年97)の語り合い
(6人グループのうち3人の対話を抽出)
※登場人物はすべて仮名です
「この場に私のような人間が来ていいものか、ずっと迷っていました」
初めて語らいの場に現れた時、ジョイさん(97)はそう言ってうつむいた。
沖縄戦当時、米陸軍の兵士だった彼と同じテーブルに座っていたのは、砲弾の間を逃げ回り、捕虜になった沖縄の民間人、カメさん(97)だった。
二人は同じ1924年生まれ。沖縄戦のとき、どちらも20歳だった。
最初の数回、ジョイさんは聴き手に徹していた。
言葉にならない何かが、胸の中で渦を巻いているようだった。
カメさんも、日本語を流暢に話すジョイさんに最初は戸惑い、声をかけることができなかった。
「あの時代に叩き込まれた『鬼畜米兵』という言葉が、頭のどこかにまだ残っていて……」と後にカメさんは語っている。
語らいが重なる中で、ある日、ジョイさんはゆっくりと口を開いた。
「私たち兵士にとって、軍の命令は絶対でした。自分で考えることをしないように、徹底的に訓練されていた。戦場で日本兵を見たら殺める。それが任務だった。自分でも気づかないうちに、それを実行していた。その事実が、今も私を苦しめます」
しばらくして、さらに続けた。
「沖縄では、軍服を着せられた民間人と、本物の軍人との区別がつかなくなっていた。だから……何の罪もない沖縄の人たちを、私は殺めてしまったかもしれない。退役してしばらくして、そのことにやっと向き合えるようになった。謝りたいと思いながら、何十年も生きてきた」
大粒の涙が、ジョイさんの頬を伝った。
その場にいた全員が、静かに息をのんだ。
しばらくの沈黙のあと、カメさんが口を開いた。
「あなたのような立場の方と、こうして話せる日が来るとは、70年前の私にはとても想像できなかったでしょう。砲弾が降り注ぐ中を逃げ惑っていた私は、米軍を『鬼』だと信じて疑わなかった。でも……今日、あなたが泣きながら語る姿を見て、立場は全く違うけれど、同じ人間なのだと思いました。当たり前のことなのですけどね」
カメさんは少し間を置いてから、続けた。
「戦争に正義があるのかどうか、私には分からない。多くの人が犠牲になったことは変えられない歴史の事実です。でも……もし、あなたと私みたいに、国と国とがこうして対話できていたら、そもそも戦争など起きなかったのではないかと思うのです。絵空事と笑う人もいるでしょうが」
ジョイさんは何も言わず、ただ静かにうなずいた。