語りびとたちの記録
生き残った私たちは、なぜここにいるのか
2012年6月の語り合いの記録
フミさん(83)・ケイさん(79)・ウメさん(86)の語り合い
(6人グループのうち3人の対話を抽出)
※登場人物はすべて仮名です
フミさん(83)とケイさん(79)は姉妹。
語らいの場に二人で来るようになって、もう3年が経っていた。
二人はいつも隣に座り、どちらかが話す時、もう一方は黙って手元を見ていた。
お互いの話を、すでに何度も聴いてきたはずなのに、その場では毎回、聴き直すように耳を傾けた。
その日、フミさんが口を開いた。
「私たちの話は、なかなかできなかった。戦争の話の中でも、特に……言葉にするのが、怖かった」
場が静まった。
「1945年の6月のことです。南部に逃げていた私たちの家族は、もう逃げ場がなくなっていた。親戚も近所の人も、10人以上が一緒だった。米軍はすぐそこまで来ていた。大人たちが、集まって話し合いを始めた」
フミさんの声が、低くなった。
「捕虜になるくらいなら、自決しようと。米兵に捕まれば、男は殺され、女は辱められると信じていた。軍にそう教え込まれていたから。集団で死のうと、大人たちは決めた」
ケイさんが、膝の上でこぶしを握った。
「手榴弾が一つあった。父がそれを持っていた。私はその時、13歳。ケイは9歳だった。父が、私たちに言った。『目をつぶれ』と」
しばらく、誰も何も言わなかった。
「爆発があった。煙と、声と……気がついたら、私は生きていた。ケイも生きていた。でも……」
フミさんは、そこで言葉を止めた。
ケイさんが引き取った。静かな、平らな声で。
「お父さんも、お母さんも、いなくなっていた。他の人たちも。私たちだけが、生き残っていた」
長い沈黙があった。
ウメさん(86)が、低い声で言った。
「私も……似たような場所にいた。私の家族も、同じ選択をしようとした。でも私の父は、最後の最後に『逃げろ』と言った。なぜ父がそう言ったのか、今でも分からない。その場を離れた後、父がどうなったのかも、分からないまま」
「逃げることができたんですね」とフミさんが言った。
「でも……逃げた自分が、ずっと許せなかった」とウメさんは言った。
「みんなと一緒に死ぬべきだったのかと。それが何十年も、胸の中にあった」
フミさんが言った。
「私たちも、同じです。なぜ生き残ったのか。生き残ってよかったのか。生き残った私たちは、何のために生きているのか。ずっと、その問いと一緒に生きてきた」
ケイさんが、初めてその日、顔を上げた。
「でもね、姉さん」とケイさんは言った。
「こうして語れる場所に来て、私は少し思うようになった。生き残ったから、語れる。語れるから、あの日のことが消えずに残る。お父さんもお母さんも、名前のない記録の中に埋もれてしまうかもしれないけれど……私たちが覚えている限り、いなくなったわけじゃない」
フミさんは、妹の顔をじっと見た。
「あなたが、そんなことを言うようになったね」
「ここに来るようになってから、少しずつ思えるようになった」とケイさんは言った。
「全部が解決したわけじゃない。今でも、6月になると眠れなくなる。でも……語っていいんだと思えるようになったことは、本当のことだから」
ウメさんが、ゆっくりとうなずいた。
「私たちが語り続けることが、せめてもの……手向けになるのかもしれない」
誰も、それ以上何も言わなかった。