語りびとたちの記録
おばあの選択がなかったら、私はこの世にいない
2013年8月の語り合いの記録
ユウキさん(22)・マチコさん(81)の語り合い
(6人グループのうち3人の対話を抽出)
※登場人物はすべて仮名です
ユウキさん(22)が祖母のマチコさん(81)の話を初めてきちんと聴いたのは、大学3年の秋だった。
それまでは、「戦争の話は気持ちが辛くなるだけだし」と思って、正面から向き合ったことがなかった。
「平和学習があったけど、何をやったかあんまり覚えていない」
「おばあは、あんまり話したくなさそうだったから聞かないようにしている」
と授業の感想に書いた。
授業で戦争体験者の話を聴いた数日後、家に帰ると祖母がソファーに座っていた。
珍しく物思いに沈んでいるような顔をしていた。
ユウキさんは初めて、「おばあ、戦争のことを話して」と頼んだ。
マチコさんはしばらく黙っていたが、やがてぽつりぽつりと語り始めた。
沖縄戦が激しくなったのは、マチコさんが11歳の時だった。
家族で逃げている最中に、砲弾が降り注いだ。
ひとつの爆発音のあと、母の声が聞こえなくなった。
振り返ることもできずに、マチコさんはひとり走り続けた。
「走りながら、お母さんを呼び続けた。でも返事はなかった。それから先は、ひとりで生き延びるしかなかった。11歳の私が、そう決めた」
話し終えた時、マチコさんの声は静かだったが、目には光るものがあった。
ユウキさんは涙をこぼしながら言った。
「おばあがその選択をしていなかったら、今の私はこの世に存在していなかった」
「そうなるね」とマチコさんは小さく笑った。
「命の尊さって、こういうことなのかもしれない」とユウキさんは呟いた。
翌月の語らいの場に、ユウキさんは初めてついてきた。
語らいの場でこの話を共有した時、同席していた別の体験者が言った。
「私も同じような選択をした。ずっと罪悪感があった。でもこうして、あなたのような若い命が今ここにいる。それを聞いて……私たちの選択は、間違いではなかったのかもしれないと、思える」
マチコさんは、その言葉を聞いて深くうなずいた。
ユウキさんは、二人の顔を交互に見つめながら、何も言えずにいた。