語りびとたちの記録
戦闘機が向かうその先に、
2022年3月の語り合いの記録
カジさん(92)・アオイさん(21)・リョウさん(20)の語り合い
(6人グループのうち3人の対話を抽出)
※登場人物はすべて仮名です
2022年2月、ロシア軍がウクライナに侵攻したというニュースが世界を駆け巡った。
その数日後に開かれた語らいの場には、いつもとは違う緊張感が漂っていた。
体験者の4人とも、テレビの映像が頭から離れないという。
カジさん(92)は、しばらく黙って窓の外を見ていた。
春の光が、穏やかに差し込んでいた。
それからゆっくりと、口を開いた。
「かつてドイツがポーランドに攻め入った頃、私はまだ少年でした。大陸の戦争のことなど全く気に留めていなかった。こんな日みたいに暖かい日は、海に潜って呑気に遊んでいた。それが18歳になった年に、陸軍に志願した。家族と沖縄を守るためにという想いがあった」
カジさんはテレビで見たウクライナの映像のことを話した。
武器を手に「自分たちの手で国を守る」と言う民間人の姿が、かつての自分と重なったと言う。
「そうやって、戦争は突然、身近にやってくる。あの頃の私も、まさか自分が戦場に立つとは思っていなかった。平和な日常というのは、ある日突然に終わりを告げる。若い人たちに、それだけは伝えたい」
リョウさん(20)が、それまで下を向いていた顔を上げた。
「……正直に言っていいですか」
「どうぞ」とカジさんが言った。
「私は、戦争に行きたくない、んです」
場が、静まった。
リョウさんは続けた。
「ウクライナのニュースを見ていて、ずっとそのことばかり考えていた。もし日本が戦争になったら、自分は徴兵されるのかって。その時、自分はどうするのかって。国を守るために戦えるのか……正直、分からない。怖い。死にたくない。なんというか。でも、そう思う自分が……こんな場所でこんなことを言っていいのか分からなかったけれど」
リョウさんの声が、少し震えていた。
カジさんは、しばらくリョウさんの顔を見ていた。
それから、静かに言った。
「情けなくない」
「でも、カジさんは18歳で志願した」
「そうだ。志願した。でも……」カジさんは一度、目を閉じた。
「あの時の私が、本当に戦争を理解して志願したかと言えば、違う。怖いという気持ちに蓋をして、お国のためという言葉で自分を縛って、怖いと言える場所がなかっただけだ。あなたが今、怖いと言えることの方が、ずっと正直だと私は思う」
リョウさんが、目を赤くしながらカジさんを見た。
「戦場に行って、私は多くのものを失った。仲間を失い、自分の中の何かを失った。帰ってきてから、長い間、人間に戻れない気がしていた。だからあなたに言いたい。戦争に行きたくないというその気持ちを、絶対に手放さないでほしい。その気持ちこそが、戦争を踏みとどまらせる力になるのだから」
アオイさん(21)が、静かに口を開いた。
「私の家の近くに基地があります。子どもの頃から、空を戦闘機が飛んでいくのが当たり前の風景でした。でも去年、初めてその先のことを考えた。あの飛行機はどこへ行くのだろう、その先で、誰かが苦しんでいるのかもしれないと」
「私も同じことを考えていた」とリョウさんが言った。
「でも怖くて、口に出せなかった。」
カジさんははっきりと言った。
「戦争に行きたくないと言える人間の方が、私は強いと思う。あの時代の私には、それが言えなかった。言える場所がなかった。あなたたちには、今、それが言える。その言葉を、大切にしてほしい」
アオイさんが続けた。
「カジさんの話を聴いて、ウクライナのことが遠い話ではなくなりました。どこかで今日も、砲弾の中を走っている子どもがいる。リョウも怖いと言った。私も怖い。でも……怖いと感じることが、出発点なのかもしれないと思い始めています」
カジさんが言った。
「そうです。怖いと感じる心が、人を戦争から遠ざける。その感覚を忘れないでほしい。そして声を上げ続けることです。一人で怖かったら、誰かと共に。対話を続けることを、諦めないで欲しい」
その時、遠くで飛行機の音がした。
誰もが、自然に空を見上げるような沈黙に包まれた。
リョウさんが、ぽつりと言った。
「あの飛行機が、どこにも戦争を運ばない飛行機であってほしい」
誰も、それに言葉を重ねなかった。
でも、その言葉は場の中に、しずかに、しずかに沈んでいった。